越前海岸の小さな漁師町。わたしの父は、漁師です。
冬の朝、まだ外が暗いうちから、港には船のエンジンの音がひびきます。
「気をつけてね」
母も、おばあちゃんも、父が出かけるときはかならずそう言いました。大人がみんなそう言うのだから、海はきっと危ないところなんだ。五歳のわたしは、そう思っていました。
行ってほしくない。でも、そうは言えない。わたしは母のうしろにかくれたまま、「いってらっしゃい」が言えませんでした。
父は何も言わずに、わたしの頭をひとつなでて、船に乗っていきました。
そのかわり、帰ってくるときは、かならず迎えに行きました。堤防に母とならんで座り、沖を見る。それが毎日のきまりでした。
「あれ、お父さんの船?」
「まだやよ」
「じゃあ、あれは?」
「あれもちがうわ」
何度目かで母が「ほら、あれや」と指さすと、わたしはもう走り出していました。小さかった船の影がだんだん大きくなって、父の顔が見えてくる。その時間が、わたしは大好きでした。
船が着くと、港はいっぺんににぎやかになります。父は獲ってきた魚を並べながら、母や仲間の漁師さんたちと話していました。
「今日のは最高やわ」
「これはこまこー切るだけでええわ」
「これは天ぷらやな」
「こっちは煮付けに」
イカがたくさん揚がった日は、こんなふうでした。
「今日のイカは最高やわ。これはこまこー切るだけでええわ」
「一味っぺかけるこ」
「こいかは煮とっけ」
わたしは父の足もとにしゃがんで、魚と父の声を、ただじっと見て、聞いていました。
ある日、並んだ二匹の魚を見ていて、思わず口に出ました。
「こっちの方がまん丸に太ってて、美味しそうだね」
父が手を止めて、わたしを見ました。少し驚いた顔をして、それから笑いました。
「……ほーやな。うまそやな」
なぜそう思ったのか、自分でもうまく言えません。ただ、そう見えたのです。
夜になると、昼間に港で見た魚が、料理になって食卓に並びます。
「あー、これ今日ののどぐろやな。うんめうめーな」
「がん味噌のっけたら、ご飯とまらんわ」
父や母の話を聞きながら、わたしも食べて、たしかめます。昼間「おいしそう」と思ったカニや魚は、やっぱりおいしかった。
だれかに教わったわけではありません。港で目で見て、耳で聞いて、食卓で答え合わせをする。毎日、そのくり返しでした。
越前の海は、一年中おいしいものが獲れる海です。春から秋は、そのときいちばんおいしい魚を。そして冬は、波の荒い海で蟹を獲ります。
ある冬の日、少し波が高くて、いつもの時間になっても父の船が見えませんでした。わたしは堤防の上を行ったり来たりして、「まだ?」「まだ?」と何度も母に聞きました。
「カニがいっぱい獲れてるんかな」
母はそう言って笑っていました。
しばらくして、見なれた船が入ってきました。父は甲羅の大きな越前がにを持ち上げて、わたしを手招きしました。
「持ってみねや。同じ大きさやけど重いやろ。重たい方が身は詰まってる。色も見なあかん」
両手で抱えた蟹は、思っていたよりずっと重くて、冷たくて。さっきまでの心配は、どこかへ行ってしまいました。
その夜、みんなで蟹を囲みました。父が冬の海に出ていくのは、この味のためなんだ。わたしは少しだけ、わかった気がしました。
小学校に通うようになると、迎えに行くことはほとんどなくなりました。それでも学校が休みの日は、箱を運ぶのを手伝いながら、港で一日遊びました。
セリの声、氷の音、魚のにおい。いつのまにか、父が何か言う前に「今日のはいいね」「今日のはこれで食べるといいな」とわかるようになっていました。
そしてある朝、わたしは自分から言いました。
「いってらっしゃい」
父は少しびっくりした顔をして、それから、にっと笑いました。
「おう。今日はええの獲ってくるでな」
いま、わたしは港のすぐそばのお店にいます。
父は今も船に乗っています。父が獲ってきた魚を見て、どう食べてもらうのがいちばんかを考えるのが、わたしの仕事です。
お客さんに「おすすめは?」と聞かれると、わたしは自然とこう答えています。
「店内の黒板に書いてあるのが、今日の私のおすすめですよ。あっ! 今日のイカ、海が荒れていたんですけど、漁に行って少しだけ獲れたやつなんで貴重です」
窓の外を、父の船がまた沖へ出ていきます。
わたしは小さくつぶやきます。
いってらっしゃい。
おしまい